『しまうまのたんじょうび』とは
サバンナに暮らすしまうまの子供の誕生日をお祝いするために、動物の子供たちが一緒にパーティを開くことになったのですが、みんなの意見があわずに、けんかになってしまいます。けれども、動物の子供たちが、けんかの原因となったそれぞれの「違い」をあわせて協力しあうことで、困った出来事を解決し、無事にしまうまの子供の誕生日を仲良く祝うことができたのでした。
「みんな違ってみんないい」。私たちはみんな、体格や才能、性格、考え方など何もかも違う「個性的な存在」。その違いを認めあい、仲良くすることの大切さを伝えたお話です。
「みんな違ってみんないい」。私たちはみんな、体格や才能、性格、考え方など何もかも違う「個性的な存在」。その違いを認めあい、仲良くすることの大切さを伝えたお話です。
『どうぶつびょういん』『しまうまのしごとさがし』に続く、「しまうまシリーズ」の3作目。
誰にでも1年に一度めぐってくる誕生日。なぜ私たちはこの日をお祝いするのでしょう?命の誕生自体が奇跡的なことですが、誕生日は、誰ひとりとして同じように生まれ、同じ人生を生きることのない、かけがえのない存在だということを思い起こす、大切な節目なのだと思います。
私たちはみんな、体格も、才能も、性格も、考え方も、ひとりひとり違いを持った「個性的な存在」です。このごく当たり前の真理を、どれだけの人が葛藤を抱くことなく受け入れて、生きているでしょうか。それは社会経験の少ないこどもに限らず、大人も同じで、知らず知らずに他人とくらべてしまったり、一定の価値観で優劣を競ってしまったり、とかく自分らしく生きることは簡単ではないと感じます。そんな思いの中から、「しまうまシリーズ」が生まれました。
3作に共通するテーマは「自分らしく生きることの大切さ」
1作目の『どうぶつびょういん』では、「みんなと違うから、いじめられるんだ」と、いじめに悩む男の子がでてきます。けれども、「違っているから、いいんだよ。ぼくたちは個性があるからこそ、ここでのびのびと生きていられるんだ」と、動物園の人気者の動物たちが教えます。
続く『しまうまのしごとさがし』では、シマシマという「個性」をコンプレックスに思っていたしまうまのこどもが、シマシマも含めた自分らしさこそが大切なのだ、と気づくお話を書きました。そして、今回の『しまうまのたんじょうび』では、「自分もみんなとは違うし、みんなも自分とは違う」ということを認めた上で、共に生きることを学ぶ、動物のこどもたちのお話です。
「みんなちがって、みんないい」
他の人と違ってあたりまえ。それなのに、大人もこどもも、「違い」をネガティブにとることで、戦争や虚しい競争、差別、いじめ、ねたみ、ひきこもりなど、世の中に起こる悲劇はとても多いように思えます。けれども、体格、才能、性格、考え方など、「それぞれが違うこと」が、世の中でみんなが力をあわせて何かをする時に、大きな力を生む事実に目を向けなくては、と思いました。これからの未来を作るこどもの個性的ですばらしい才能やアイデアが、「他の人と違うから」という理由で、くじかれることのないように。
日本ではちょうど未曾有の震災が起こり、世界的にも社会は混乱の時期にあります。何かやらなくてはいけないのだけど、いったい、何ができるのだろう?と、大人である私は考えました。そんな大人たちを見て、こどもたちも考えていると思います。
お話の中にでてくる動物のこどもたちのように、それぞれができること、役割や方法はさまざまだと思います。みんな同じでなくていい、できることを、できるタイミングでやれるように、みんな違って生まれてきているのだと思います。私にできるのは、このお話をつくることでした。
「みんなちがって、みんないい」とは、金子みすずさんの詩『わたしと小鳥とすずと』の中の言葉。出来上がった本を読んだ父がそう教えてくれたのですが、私がこのお話で伝えたかったこと、そのままです。
ダイバーシティ(多様性)の中で生きるこどもたちへ
このお話は、オーストリアのウィーンに滞在している間にできました。人種や生活体験の異なる人々が共存している外国で暮らしていると、なおさら、他人と自分の違いを認めて受け入れることの難しさや、逆に大切さを感じます。情報や社会の仕組みは、劇的に変化しています。日本も今までの時代と違って、価値観をはじめ、ますますあらゆることが多様化することでしょう。これからさらに、他人と自分の違いを認め、自分らしさを誇れる、広い心をもったこどもたちが大活躍してくれるはずだ、と信じています。
この本は前の2作品同様、読み切りの独立したお話になっています。シリーズとして読んでも、それぞれの作品だけ読んでも楽しめる作品です。
3作に共通するテーマは「自分らしく生きることの大切さ」
1作目の『どうぶつびょういん』では、「みんなと違うから、いじめられるんだ」と、いじめに悩む男の子がでてきます。けれども、「違っているから、いいんだよ。ぼくたちは個性があるからこそ、ここでのびのびと生きていられるんだ」と、動物園の人気者の動物たちが教えます。
続く『しまうまのしごとさがし』では、シマシマという「個性」をコンプレックスに思っていたしまうまのこどもが、シマシマも含めた自分らしさこそが大切なのだ、と気づくお話を書きました。そして、今回の『しまうまのたんじょうび』では、「自分もみんなとは違うし、みんなも自分とは違う」ということを認めた上で、共に生きることを学ぶ、動物のこどもたちのお話です。
「みんなちがって、みんないい」
他の人と違ってあたりまえ。それなのに、大人もこどもも、「違い」をネガティブにとることで、戦争や虚しい競争、差別、いじめ、ねたみ、ひきこもりなど、世の中に起こる悲劇はとても多いように思えます。けれども、体格、才能、性格、考え方など、「それぞれが違うこと」が、世の中でみんなが力をあわせて何かをする時に、大きな力を生む事実に目を向けなくては、と思いました。これからの未来を作るこどもの個性的ですばらしい才能やアイデアが、「他の人と違うから」という理由で、くじかれることのないように。
日本ではちょうど未曾有の震災が起こり、世界的にも社会は混乱の時期にあります。何かやらなくてはいけないのだけど、いったい、何ができるのだろう?と、大人である私は考えました。そんな大人たちを見て、こどもたちも考えていると思います。
お話の中にでてくる動物のこどもたちのように、それぞれができること、役割や方法はさまざまだと思います。みんな同じでなくていい、できることを、できるタイミングでやれるように、みんな違って生まれてきているのだと思います。私にできるのは、このお話をつくることでした。
「みんなちがって、みんないい」とは、金子みすずさんの詩『わたしと小鳥とすずと』の中の言葉。出来上がった本を読んだ父がそう教えてくれたのですが、私がこのお話で伝えたかったこと、そのままです。
ダイバーシティ(多様性)の中で生きるこどもたちへ
このお話は、オーストリアのウィーンに滞在している間にできました。人種や生活体験の異なる人々が共存している外国で暮らしていると、なおさら、他人と自分の違いを認めて受け入れることの難しさや、逆に大切さを感じます。情報や社会の仕組みは、劇的に変化しています。日本も今までの時代と違って、価値観をはじめ、ますますあらゆることが多様化することでしょう。これからさらに、他人と自分の違いを認め、自分らしさを誇れる、広い心をもったこどもたちが大活躍してくれるはずだ、と信じています。
この本は前の2作品同様、読み切りの独立したお話になっています。シリーズとして読んでも、それぞれの作品だけ読んでも楽しめる作品です。